【自己紹介】紅型職人になる事を大反対された私がとった行動

2024/02/13

昨日の投稿では、
琉球紅型に全く興味を持たず育った私が
失恋がきっかけで
地球一周の船旅に乗り
そこで、会った青年実業家の言葉で
父の仕事である
琉球紅型に興味を持った。と事をお伝えしました。

まだ、お読みでない方は
こちらよりお読みください。

【自己紹介】Shoutarou Binagata NAHAのアイテムを通して伝えたい事 part2

さらに、職人になる事は大反対されたのですが
船旅を通して感じた直感を信じるべく
伝統工芸に携われそうな仕事を探します。

それが、29歳の私です。

その時は、アロハシャツをプロデュースしようなどとは
全く考えておらず
どうやって父の仕事である伝統工芸を関われるか。を考えておりました。

そんな時に豊見城市と言う場所で観光協会の立ち上げに関わる仕事があり
そこで約3年間、従事します。

沖縄の某有名観光施設の立ち上げに関わった上司のおかげもあり
一定の実績をあげる事ができ
織物の産地である南風原町より
特産品開発のお声がかかります。

父の影響もあり
琉球絣、南風原花織の職人達に
とても良くして頂き
伝統工芸の魅力、
今後、どのようにしていきたいか。など
いろいろ教えて頂きました。

南風原の職人達と話す中で
自分にできる事は何か。と向き合い続けた結果

私は職人にはなれないけど
職人の想いを発信する事ができる。

と言う事に気づけました。

機械織りではなく、
あえて、手仕事にこだわる職人の方々と話す中で、
私が常に感じていた事は

【職人達の想い、こだわりをどうやったら、わかりやすく表現する事ができるのか】

でした。

常にそのような事を考えており
南風原町で働くようになり
5年の月日があったある日

モノトーン一色の柄シャツを見て

コレだったら
父が大切にしている

を表現できるだけでなく
伝統工芸をカッコよく着用できる!と感じ
Shoutarou Binagata NAHAを立ち上げました。

3日間に渡り
長くなってしまいましたが
私が、Shoutarou Binagata NAHAのアイテムを通して伝えたい事は

「自分らしく生きる事の大切さ」

です。

貧しくても良いから、自分の美学を貫こう!と決意し
創作活動に取り組んだ父の柄より
「自分らしく生きる事の大切さ」を感じて頂けたら嬉しいです。

私の自己紹介も含めた
Shoutarou Binagata NAHAのアイテムを通して伝えたい事は
ひとまず、この投稿で完了します。

明日からは、24年 新作柄のアンケートの質問欄
「Q.琉球紅型のどのような情報が知りたいですか?」で
ご要望の多かったTOP3をご紹介していきます。

どうぞ、お楽しみに♪