「お父様の技術を継げばよかったのに。残念です」と言われて。

2026/09/28

こんばんは。
Shoutarou Bingata NAHAの金城です。

先日、私のSNSの投稿に、このようなコメントをいただきました。

「お父様の技術を継げばよろしかったのに。残念です」

実は、こうしたお言葉をいただくのは一度や二度ではありません。
「今からでも継ごうと思わないのですか?」
「なぜ、お父様の後を継がなかったのですか?」
といったご質問は、今でも月に一度は必ずと言っていいほどいただきます。

そのたびに、私は自分の胸の中にある正直な記憶を思い出します。

■ テーブルの上の画用紙と色鉛筆

物心ついた頃から、我が家のテーブルの上には、いつも決まって「白い画用紙」と「色鉛筆」が置かれていました。

父が職人として最も大切にしている「スケッチ」を学ばせるための環境だったのですが、幼い私にとって、半強制的に絵を描かされる毎日は本当に苦痛でしかありませんでした。
その英才教育?が裏目に出てしまい、私はすっかり絵を描くことが嫌いになってしまったのです。

さらに大人になってからも自覚したのですが、私は根本的に「モノづくり」そのものが好きではありません。もし無理をして父の跡を継いで職人になっていたとしても、日々苦しみ、きっと職人として伸び悩んでいたはずです。

だからこそ、今の私は「職人として技術を継がなくて、本当によかった」と心から思っています。

■ 技術を継ぐことだけが、継承じゃない

もし私が工房に入り、朝から晩まで型を彫る職人になっていたら——。

こうして父が制作した「図案」そのものに光を当てることも、
型紙の美しさをそのまま活かしたアロハシャツや浴衣をプロデュースすることも、
日本全国の皆様とこうして言葉を交わすことも、絶対にできませんでした。

父はかつて沖縄県立芸術大学で10年間講師を務めていたこともあり、父の技術と精神を受け継ぐ素晴らしい職人さんたちが、今もたくさん現場で活躍されています。

職人としての「技」を継ぐ役割は、立派な弟子や教え子の皆様が果たしてくれています。

だからこそ、息子である私の役目は違います。
少し生意気な言い方に聞こえるかもしれませんが、私はこう思っています。

「技術を継ぐことだけが、継承じゃない。父の想いを継ぐことこそが、私にとっての継承だ」と。

職人にはなれなかったけれど、プロデューサーとして、父・金城昌太郎の美学を誰よりも信じ、誰よりも遠くの皆様へ届けること。それこそが、私にしかできない果たすべき使命だと信じています。

職人の息子として生まれてからの葛藤や、なぜこの生き方を選んだのか。
文章だけではどうしても表現しきれない想いが溢れておりますので、近日中にYouTubeでカメラに向かって本音をお話しする動画を撮影してお届けしたいと考えております。

少し照れくさいテーマではありますが、皆様に直接私の声でお話しできればと思いますので、どうぞ楽しみに待っていてくださいね。

いつも私どもの活動を温かく見守ってくださり、本当にありがとうございます。